少し話を戻そう。
彼と知り合ったのはtwitter上だった。その頃、僕はまだtwitterのアカウントを持っていた。たまに呟く程度で、どうやって運用すればいいのかも分からないまま使っていたのだけれど、7月の上旬に、ある人からフォローされた。そしてフォローされてまもなく、その人からメッセージが送られてきた。少しだけメールのやり取りをして、近いうちに会ってみることになった。最初の印象は「この人はネット上でやり取りすることに慣れてなさそうだな」というものだった。メッセージの文面がたどたどしく、しかも色々と悩みを抱えてそうな感じがして、実際に会って話してみないと、どんな人か分からないと思った。これは後から知ったことなんだけど、彼の方は僕とtwitter上で接触する数ヶ月前から、このサイトの文章を読んでいたらしい。
約束当日。僕は西鉄天神の中央改札口を待ち合わせ場所にしていたのだけれど、時間になっても彼は現れなかった。それから彼とtwitterでメッセージを送り合っているうちに、そもそも僕の方が中央改札口と北口を間違えて認識していたことが判明した。僕が立っていたのは北口のほうだった。今まで福岡に住んでいて、ずっと間違って認識していた。
僕の間違いが判明してから、彼から「自分が北口に向かうから動かないでください」とメッセージが来たので待っていた。しばらくすると眼鏡をかけた真面目な感じの男性が現れた。急いで来たらしく息が切れて汗だくだった。たまたま持っていて団扇か何かであおいであげた。
彼の最初の印象だけど「とても愛敬がある人だな」と感じた。
僕は、その人の顔だちや所作や言葉遣いなど、否が応でも外見的なものにどのように育ってきたのかが出るものだと思っている。彼の持っている柔らかい印象から「この人はちゃんと周囲の人から愛されて育ってきたのだろう」なと感じた。
それから渡辺通り沿いの喫茶店に移動して3時間くらい会話をした。
あれこれ説明するのがめんどくさいというのもあるけれど、僕は頭がいい人が好きだ。僕よりも5歳ほど年下だけれど、とても頭が良いと感じた。物事を幅広く知っているという点も優れていたけれど、僕は知っているとか知らないとかで。頭がいいと思わない。きちんと物事の本質を掴める人に対して頭がいいと思う。
僕は論理的に考えて積み重ねたものを、あるタイミングで感情を出して破壊してしまう人を本当に頭が良いと思う。そう言った矛盾を持った行動ができる人が、とても人間的だと思うし頭が良いと美しいと思うし惹かれる。そういった感情を出せる人は少なくなってきたし、そういった感情を出した人を受け止めてあげられる人も少なくなってきた。僕が付き合うべきと感じている人はそういった人たちだ。逆に、付き合うべきではないと感じる人は感情を出した後に「そんなのだから貴方はうまくいかない」など感情を出した人を殺してしまうようなことを言う人だ。そもそも人間のコミュニケーションなんて皆自分勝手で基本的に破綻していると感じている。唯一通じ合う瞬間があるとすれば感情を出した時だけだと感じている。その瞬間、両者の間には「分かりあえないことの悲しみ」「この人とは分かりあえるかもしれない喜び」と矛盾したものが混然一体としている。
彼と出会ってすぐに「この人は頭がいいな」と感じた。
実際に、付き合ってから3年経つけど、この時に感じた印象は今も変わらない。
本人が自覚しているかは別だけど、彼の家族や親戚と出会っていくうち、ちゃんと周囲から愛されて育てられたことも分かった。それに僕よりも、よっぽど頭がいい。
<つづく>